ちろうのレイブル日記

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スチームガールズ「アリスの檻」の解釈可能性について

スチームガールズに「アリスの檻」という楽曲がある。これはライブでも定番の人気曲で、現役東大生で当時スチームガールズに所属していた桜雪ちゃんが作詞をしたことで知られている。仮面女子に所属するメンバーにとっての自己言及ソングとしては「アリス・イン・アンダーグラウンド」(仮面女子)があまりにも有名だが、本曲「アリスの檻」もまた、アリスプロジェクトに所属するアイドルにとっての上質な自己言及ソングとして根強い人気を誇っている。

楽曲や編曲のクオリティの高さはもちろんのことながら、注目するべきはやはりその歌詞だ。ストーリーがあり、世界観がある。アリスプロジェクトの「アリス」になぞらえて「不思議の国のアリス」のモチーフを採用しながら、自分たちの境遇を歌う。華やかな「メジャーな世界(=外の世界)」と隔絶し、自分たちを「地下アイドル」たらしめる檻、それが「アリスの檻」なのだ。


(サビ部分を引用)

おやすみ 灯を消して風が頬撫でたら
落ちていく合図 to the dream of underground...

ようこそ 奇妙な物語の続きへ
絵本の中身が一人歩き "It's the wonderland"
可憐に咲く花も 色あせ枯れゆくなら
蕾のままで the endless wonderland...

ウサギが囁く 忘却の呪文を
少女の血で動き出す歯車 "It's the wonderland"
不気味で可愛いフレーバー味わったら
アリスの虜 the sweetest wonderland

ようこそ 不可思議な模様彩る国
いつか夢中になった物語 "It's the wonderland"
蜜の香で誘う 花の檻のように
アリスが待っている 次のアリスを "It's the wonderland"

もしもこの夢に囚われたままでも
「幸せ」といえる I'm in the wonderland...


眠りに落ちるとともに、深く暗い闇(地下)に落ちて、異世界に迷い込む。そこはまるで絵本の続き、いつか夢中になった物語だった。ウサギが忘却の呪文を囁き、自らの血で歯車は動き出す。
不気味な魅力を味わったら、アリスの虜になる。一度ハマったら出られないという意味で、それを檻に閉じ込められた状態と表現する。
蜜の香に吸い寄せられるように、次々と感染させていく。それくらい魅惑の世界。次から次へと、まるでミイラのごとく。もう後戻りはできない。そのような世界に自分たちはいるんだと歌っている。


そもそも「檻」という言葉からして、ポジティブなものではない。国語辞典にあたれば「猛獣や罪人が逃げないように入れておく、鉄格子などを使った頑丈な囲い、または室」とある。「地下アイドルの世界」そして「アリスプロジェクト」にそのような言葉を当てはめている。

ではこの檻に閉じ込められている自分たち、そして現状は不幸なものなのか。いや、そうではない。そこにあるのは極めて冷静な客観的視点と、開き直りと、決意だ。

■檻の中で戦う決意

そのような檻に閉じ込められていること自体を笑う者もいるだろう。例えば地下アイドルを自称すること。例えば仮面を被っている(被らされている)こと。そして檻に閉じ込められているのに気づかないことほど愚かなことはない。お釈迦様の掌の上で踊らされていた孫悟空のように。もちろん桜雪ちゃんは孫悟空ではない。そのことに極めて自覚的だ。自分たちは檻の中にいる。

そのことに自覚的であるということをアピールしたところで、その滑稽さは変わらない。踊らされていることに変わりはないからだ。ではそこでどうするのか。あくまでも自己弁護に走るのか、自虐的になるのか、あるいはこの世界から退場するか。そのいずれでもない、彼女たちは闘うことを決意するのだ。

ガラスの棺 アリスの肉体 扉の鍵は 故意と隠した
魔法の旋律 口ずさめば
王子のキスでも眠りは解けない

現実の世界へとつながる扉の鍵は自ら封印し、この「夢の世界」で闘うことを決意する。そう、「魔法の旋律」たる歌を歌いながら。もう後戻りはしない。

もしもこの夢に囚われたままでも
「幸せ」といえる I'm in the wonderland...

ここにその自覚と決意を読み取ることができる。

もしもこれが儚い「夢」であったら。それに囚われているだけ、つまり洗脳されているのだけではないのかという自問。自ら「幸せなんだ」と言い聞かせなければそれが自覚できないほど危ういものなのか。
それでも本人たちが幸せならそれで良いだろうという諦め、開き直り。
あるいは、この世界で成功するまで闘い続けるんだという決意。
夢・幻かもしれないけど信じるしかないという境遇にいること。そのことを後悔するつもりはない。

今が「幸せ」なんだと言い切るのではない。もしもこれが夢であったとしても、檻に閉じ込められているのだとしても、ここで全力で前に進む以外に「幸せ」になる術はないんだという魂の叫びを聞いているような気がしてならない。いつか「可憐に咲く花」になることを目指して。

そしてこの「アリスの檻」の特筆すべきなのは、アイドルヲタクの視点もまた見事に描写している点だ。

■もう一つの「アリスの檻」の世界

かつて濱野智史さんがアイドルカレッジのライブ定番曲「YOZORA」について「地下アイドルとそのオタクたちの世界を歌っている」と評論したが、本曲「アリスの檻」もまた、地下アイドルヲタク(アリスヲタ)たちの世界をそのまま表現しているということができるだろう。

「アリスの虜」とはまさに、当事者たちだけでなくヲタクのことでもある。
奇妙で不気味な世界だが、いやだからこそ、一度ハマったら出られなくなるということを暗示している。私たちは気づいたら、「少女の血で動き出す歯車」に絡めとられ、抜け出すことはできなくなっている。そして次から次へを推しメンを見つけてしまう。何故なら「アリスが次のアリスを待っている」のだから!

特に最後のフレーズ、「君たちはこの夢の世界に囚われている(檻に閉じ込められている)ようなものだ。でもそれって幸せなことでしょう?」と挑発されているかのようだ。

この解釈可能性こそ、本曲「アリスの檻」の魅力である。さすがは現役東大生・桜雪ちゃんの知性がなせるわざだ。皆さんもぜひ「アリスの檻」の世界観を堪能してください。