ちろうのレイブル日記

本当によい教育を考えるためのブログです

メルマガPLANETSでぼくのAKB体験記が連載されています

突然ですが告知です。メルマガPLANETSにて、本日発行のものからぼくのAKB体験記が連載されることになりました!いろいろ説明しなければならないのですが、まずはメルマガPLANETSについて。

PLANETSはポップカルチャーの評論家である宇野常寛さんが主催する媒体で、niconicoのブロマガの中で発行しているメルマガが「メルマガPLANETS」です。ここでは編集長の宇野常寛さんをはじめ、「前田敦子はキリストを超えた―〈宗教〉としてのAKB48」でもお馴染みの濱野智史さん、そして「暇と退屈の倫理学」でもお馴染みの國分功一郎さん、謎のジャーナリスト、カリホリさんなどそうそうたる執筆者が名を連ねるメルマガなのですが、ここにぼくことちろう(稲垣知郎)のAKB体験記が連載されるのです。

いきさつは、まず宇野さん・濱野さんとその周辺のAKBヲタの若き知性(!?)によって結成されている「AKB研究会」にぼくも参加させていただいているということ。そして日々情報交換をし合っている某所にて、ぼくが勝手に「AKB体験記」なるものを書き始めました。すると何故か想像以上に面白がってもらえて、メルマガPLANETSに連載されるということになってしまったのです!

元々は自己満足のために、せいぜい同人誌にまとめてコミケに並べて遊ぼうかなと思っていた程度だったのに、こんなことになってしまって驚いています。そしてさらに驚くべきことに、そこでは濱野智史さんの「前田敦子はキリストを超えた」が先月まで連載されており(現在は本が出版されたので終了)、それのあとを継ぐような形で、しかもその濱野智史さんがぼくとそのAKB体験記についての解説を書いてくれているのです!こんなことがあっていいのだろうか。。。

それをここに引用します。

■はじめに

以下に掲載されるコラムは、稲垣知郎(いながきちろう)氏によるAKB48劇場の体験記である。知郎氏(私達は彼のことを下の名前で呼んでいるのでこう記させて頂く)は、宇野常寛と筆者が共同で開催している「AKB研究会」のメンバーであり、その中でもとびきり「古参」のAKBヲタである。2006年4月と、極めて早い段階から劇場に足を運んでいた知郎氏は、ごくごく初期からのAKBヲタ界隈の状況をつぶさに知る「生き字引」的な人物であり、そのおかげで、現在AKB研究会で行っているAKBの歴史的探求は極めて実りあるものとなっている。

「古参」と言われるだけのことはある。なにしろ彼は300回近い劇場への入場という「偉業」を達成しており、今でも秋葉原ドン・キホーテ8階にあるAKB劇場のロビーには、彼の名前が刻まれたネームプレートが燦然と掲示されている(劇場を訪れたら、「tirou」という名前をぜひ皆さんも探してみてほしい)。いまやAKB劇場の当選倍率は100倍以上ともいわれ、3ヶ月に1回でも劇場に入れれば幸運といえるような状況である。
そんな中、まさに毎日のように「会いに行けるアイドル」としてのAKBを味わえた知郎氏は、筆者のような「新規」のAKBヲタから見れば、本当に羨ましい存在である。筆者は幾度となく当時の知郎氏の体験レポを聞きながら、「なぜ自分はその頃AKBの存在を無視してしまっていたのか」と悔やんだが分からない。それはおそらく、編集長の宇野常寛も同じ思いだと思う。彼もまた、「自分の批評家としての最大の失態は、2010年の『マジすか学園』まで、AKBの凄さを見過ごしていたことだった」といった趣旨の発言をしているからだ(『ゼロ年代の想像力』文庫版でのロングインタビュー)。

しかしこういうと、「なんだ、またしても古参ヲタの『昔は良かった』的な懐古話&自慢話をまた聞かされるのか」と警戒する読者もいるかもしれない。ちょっと待って欲しい。それは警戒心が過ぎる。これから知郎氏が展開する体験記は、決してそのような「古参が新規を上から目線で見下す」といったタイプのものではないのである。
それはなぜか。AKBの劇場というアーキテクチャが、いまも変わらず同じ場所(秋葉原ドン・キホーテ8F)・同じ構造(邪魔な二本柱)・同じ規模として存在し続けているからだ。もちろん、当初はロビー内にあったカフェや、劇場内の座席レイアウトといった変更点も無数にある。しかしそれでもAKBの劇場は、ある種の奇跡的な体験をもたらす環境として、いまも同様に「機能」し続けている。あまりにもメンバーが近い距離で見られるという「近接性」。劇場に入れるかどうかも、どの座席の位置に座れるかも抽選次第という「偶然性」。推しメンの名前を叫びレスをもらう(目線が合う)ときに生まれる、たとしえようもないほどの「合一感」。――筆者が『前田敦子はキリストを超えた:〈宗教〉としてのAKB48』(ちくま新書)で記述したような、AKB劇場がもたらす宗教的経験の諸要素は、いまでも時を超えて「普遍的」に機能し続けている。知郎氏の体験レポは、そのことを力強く現在に伝えてくれる、極めて貴重なテクストである。

いまから読む読者の中には、まだAKB劇場に入ったことがないというライトファンも少なくないに違いない。そうした読者には、ぜひ知郎氏のみずみずしい劇場体験記を読んで、「自分も劇場に入って、こんな体験をしたい」という思いに感染して頂きたい。いますぐ劇場チケットセンター(※)に登録して、抽選申し込みを始めてほしい。「劇場」こそが、「激情」を高める。筆者もまた、いまこうして解説を書きながら、次の当選はまだかと心待ちにしているのだ!

濱野智史

AKB48劇場チケットセンター:http://ticket.akb48.co.jp/


まったくもってもったいない言葉で、むしろその責任の大きさにすでに怖くなっている部分もあるのですが笑、こういう嬉しい事態になったので、せっかくなのでなぜぼくがこんな体験記を今になって書こうと思ったかの説明をしたいと思います。

これはぼくのAKB体験をただ当時の心境を思い出しながら記述したもので、その始まりは2006年4月に遡ります。そして「初めての劇場公演」や「推しメンとの出会い」「初めてのレス」「初めての握手」「初めてのコンサート」「100MVP」・・・といった思い出をひたすら書き綴っていくだけのものです。6年以上も前の話です。しかし当時の感動や心境を、意外と克明に覚えていて、これはいつか文章にして記録しておきたいなと思っていました。

そんな時、ポップカルチャーの評論家でもある宇野常寛さんがAKBについて語りだしました。いわゆるAKB古参ヲタであるならば「今さら評論家に語られても」といった態度を取ることが多いと思います。しかしぼくは単純に、「AKBはもう後1〜2年で人気がなくなって終わるぞとずーっと言われ続けていたが、宇野さんのような日本のエンタテインメントを取りあげる評論家がAKBを語るということは、ついに無視できない存在にまでなって来たのだ!これはどこまで大きくなるかわからないぞ」と思ったのだ。そしてその活動をヲッチし続けていたぼくは、そのマジに感染しついにAKB研究会に参加させてもらうに至ったのです。

そこにいた宇野さんや濱野さん、そして研究会のメンバーたちと繰り広げるAKB談義は、本当に興奮させられるものばかりでした。宇野さん・濱野さんの共著である「希望論」、そして有識者四天王による「AKB48白熱論争」、そして「前田敦子はキリストを超えた」。これらの本を読んで震撼するのと同時に、自分には何ができるのかと自問させられました。

5〜6年前のAKBを取り巻く環境は、当然今とは比べるべくもなく、劇場公演にもはるかに入りやすかったと言えます。まさに恵まれていたとしか言いようがない。しかしその恩恵に授かっていたというのに、何も残していないではないか!と思ったのだwwwwww

それで体験記なら書けるであろうと、書いてみたという次第です。すると驚くべきことに、「前田敦子はキリストを〜」で語られている濱野さんの劇場体験が、ぼくの体験記と酷似しているんですよねww(それは連載をお楽しみください)。もちろんぼくはパクってなんかいません!ww6年の時を経ても、AKB劇場で起きる出来事は変わっていないのだということがわかると思います(まさに「前田敦子はキリストを〜」の中で語られているように)。

そしてぼくの体験したものに限定されてしまいますが、それでも実際にあったことを振り返ることで、AKBが歩んできた歴史だとか、推しメンができる瞬間の心境であるとか、当時の現場の空気とかを体感できると思います。まさに今からAKBにハマる人の「マニュアル」となるようなテキストであれば良いな〜と思います。ただの自慢話に終始してしまう可能性もありますが、それも歴史の一端と言うことでご了承くださいwwww