■「アイドルと文学vol.1」について
11月23日(水祝)に行われた文学フリマにてお披露目されたアイドル評論の同人誌「アイドルと文学vol.1」(偶像少女文学会)に記事を寄稿しています。このサークルを立ち上げた2人が僕のことを知っていてくれたみたいで、とつぜん執筆の依頼をいただきました。僕としては非常に嬉しかったのですが、僕のようなものに書けるものはたかが知れているのでどうしたものかと思いました。それで「アイドル現場として、あるいは現場デビューとして仮面女子がオススメ」という内容の記事でしたら書けますとお返事をしたら、それでも良いということだったので引き受けることにしました。
アイドルと文学。これがいかに接続されるのか。とはいえ僕自身がここ1年くらいで「日本文学について知っていないとなあ」と焦って出口汪先生の「早わかり文学史」や林修先生の「林修の「今読みたい」日本文学講座」を読んだり、さやわか氏の「文学の読み方」を読んでアツくなって書評も書いたようなタイミングだったので、運命的だったように思います。そして書くとしたらだいたい内容は見えていました。
それは一言でいうと、「仮面と文学は親和性が高い。ゆえに仮面女子はもっとも文学的なアイドルである」という内容です。ええ、こじつけです。文学的なアイドルってなんやねんというツッコミはあるかと思いますが、それは置いときましょう。しかしこれは言いたかった。つまり、私たちの日常と仮面は決して無縁ではない。ゆえに仮面女子は決して異質なものではなく、むしろ私たちの日常を映す鏡なのだ。それをアイドルという手法で体現したとき、そこに生まれるエンタテインメントはどのようなものになるのか。それを見届けたい、そして黒瀬サラちゃんが可愛い。といったような動機です。
その超絶論考のタイトルは「あなたは仮面女子を推してもいい」というものでした。これには一応意味があるのですが、簡単に説明すると、どちらかというとアリスプロジェクト自体を避けていた約3年前の自分自身に伝えたい言葉なのです。当時はアリス十番やスチームガールズしか知らなかったと思うのですが、推すに値する対象だと思っていなかったし、いずれ消えゆくものだとも思っていました。知らなかったんだから当然ですよね。だからそんな3年前の僕自身に言いたい。「あなたは仮面女子を推してもいいんだよ」と。そういうつもりでタイトルを付けました。
本論考では、中村雄二郎「術語集―気になることば―」という本の中から「仮面」に関する記述を引用しながら、仮面女子の身に着ける仮面の効果について当てはめていく、というアクロバティックなことを展開しているのですが、自分でもなかなか熱がこもった文章が書けたのではないかと思います。自分でも笑っちゃうようなお気に入りの文章です。
ところで本書「アイドルと文学vol.1」は文フリ当日で即日完売だそうです!!
ちょwwwwwwおまwwwwクッソwwwww
人生とは世知辛いものです。その時、その瞬間に動き出さないと手に入れられないものがある。というわけで、これから入手することは不可能になってしまいました。
もしこの本についてどうしても見てみたいという奇特な方がいらっしゃれば、現場でお見せすることもできるかと思いますので、ぜひ声をかけてください。ちなみに、姫乃たまさんの巻頭グラビア・ロングインタビューもかなり必見です。これは見ないとヤバいレベルです。何卒よろしくお願いします。
■林修先生の講演について
11月22日(火)に、関内くんだりまで出かけて林修先生の講演を聞きに行きました。どこでその情報得ているんだという話はさておき。前回の朝日新聞主催の回に続いて2回目。今回は平日昼開催(14時〜)ということで、必然的にといいますか年齢層が高い!男女比2:8という感じ。つまりジジババですね。
冒頭で客層を察知してからは、綾小路きみまろばりに観衆をいじるモードにwwwwwwさすがでした。皆さんは逃げ切った世代ですよ、という話から、この後東進に行くんだけど今の子どもたちは本当に大変という話。子供がだらしないのは、親の振る舞い方がすべて。自分が子どものころ、本棚にいろんな文学作品が置いてあって、隅々までメモがあったり線が引かれたりしている。親父はこんなところまで読んでいるのかと畏れた。そしてなにくそという気持ちで文学を読み始めたんだという話。そういう圧倒的存在であるべきだと。しかし今の親は一緒にゲームをして、負けて喜んだりしている。
だから日本全体的に、男がだらしないという話。それは男親がだらしなくなっているから当然という話。これとてもよくわかる気がします。林修先生は超絶エリート学生を自分のサポート役として雇っているのですが、それは15人くらいいて、来年もお願いしたい人をピックアップしていったらそのうちの13人が女子、2人が男子。それくらいの比率なんだって(しかも女子のうちの8割が○○出身。○○は良いですよ〜、全然違いますって言ってたw)。
そして格差がどんどん広がっている。それを表す一つに「東大生女子が可愛くなっている」ということを言っていました。先日テレビの企画で東大女子50人と高学歴女子50人がスタジオに集まったとき、明らかに東大女子の方が可愛い子が多かった。自分が学生だった時代からは考えられない。これが明確な格差社会の表れだと言っていました。その理由は自身の経験から弾き出された、いかにも林修先生節炸裂なのですが、ここでは割愛しておきます。
そして父方の親より、母方の親の関わり方が大事という話もしていました。だから皆さん、まだやるべきことが残っていますよ!と煽っていました。面白かったです。
■宮台真司先生の講演について
今日(12月3日)に町田くんだりまで出かけて宮台先生の「男親の社会学 第3回」というものを見に行きました。今回のテーマが「教育と学校」ということで、楽しみにしていました。客が少なくて僕としてはおいしかったです。
いや〜、本当に素晴らしかったですね。
もちろんこれまでいろいろは場所で喋っているのを聞いているし、「14歳からの社会学」はバイブルなので何度も読んでいるのですが、改めて本人を目の前にして聞くとすごくよかった!!
速記ばりにとんでもない量のメモをしたのですが、ここに書いてもアレなんで、書きません。たまに見返そう。
教育の問題はもはや目に見えている。しかし中に入って変えるのはおそらく無理だろう。とはいえ、「学校はクソである」と断じてオルタナティブスクールだインターナショナルスクールだ完全自宅学習だと言ってもそれは極端でしょう。公教育、個別指導塾、集団指導塾、予備校、etc。本当によい教育はどこにあるのか。その内のこれが正解という答えを求めるのではなくて、それぞれの良いところを抽出し、洗練させた新しい解決方法、アウフヘーベン(止揚)こそが解答なのではないか。
実は今僕はこんなことを考えていて、文章にしています。それは今度の年末のコミケまでに僕は発表する予定です。何卒よろしくお願いします。